学生時代の思い出それぞれ
先日、中学時代からの友人達と飲みに行った。
半年に一回は必ず会うメンツだが、やはり顔を合わせると毎回思い出話に花が咲く。
思い出話をする日がくるなんて、当時は思いもしなかったけれども、人と言うのは確実に年を重ねていくものらしい。
そんな風に懐かしい学生時代の話をしていると、不思議なことにちょいちょい話が食い違うのである。
どうも私の記憶と、友人の記憶の間には微妙な齟齬がある。
例えば、修学旅行の話。
私にとっては何も面白くなかった修学旅行(友人の喧嘩に巻き込まれ、深夜まで続いた話し合いに参加させられた、そして観光地は巡らなかった)の記憶は、友人の中ではとても楽しいものだったらしい。
その友人達と私は部屋も同じだったから、本当なら同じ面白くなかった記憶を共有していてしかるべきなのだが、面白くなかったマイナスの記憶は私が請負い、楽しかったプラスの記憶は友人達が請け負っているかのようだ。
これはどうしたって、個人の資質の差としか思えないのである。
ポジティブな人間か、ネガティブな人間か。
言うまでもなく、私はネガティブである。
でもそんな理由で、修学旅行という一大行事の記憶が明るいものか暗いものかに変わってしまうなんて、人の心持と言うのは恐ろしいものではないか。
私の心持が、友人のようにポジティブなものであったら、たとえその場では面白くないことがあったにしても、持ち帰った記憶の輝かしい部分だけを選び取って留めておくことができたのだろう。
ところがどっこい、私の常に最悪の事態を考えて動くネガティブな心持は、面白くない部分だけを濾しとって留めてしまったらしい。
何事も気持ち次第、というのはあながち非科学的ではないのかもしれない。
高校から大学生時代の電車通学時の思い出
生時代の電車通学についての思い出をご紹介します
私は高校の3年間と大学で学校そばで1人暮らしを始めるまでの2年間、電車で
学校に通っていました。
以下、電車通学の思い出についてです。
私の通っていた高校は、私の家の最寄駅から電車で3駅先にありました。
授業開始は8時
40分なので、その時間に間に合うように、7時15分ぐらいの電車に乗る必要がありました。
行きの電車は都内に向かう上りの電車なので、通勤時間も重なり、結構な人が乗っていました。
3年間通いましたが、朝の電車で座れたのは数える程度です。
高校3年間の電車通学で一番印象に残っているのは、大学生らしき男性に体当たりを
されたことです。
おそらく立ったまま居眠りをしていた彼は、電車の揺れでバランスを崩し、
近くにいた私にぶつかったのだと思います。
その後とても丁寧に謝罪をしてくれ、
彼は恥ずかしそうに次の駅で違う車両へ乗り直していましたが、お互いに怪我がなくて
良かったです。
大学生の頃は、1時間以上電車に乗り、学校に通っていました。
高校生の頃とは反対に、
下りの電車だったため、通勤時間であっても比較的余裕がありました。
大学生時代の
電車通学で思い出に残っているのは、田舎の高校生のマナーの悪さです。
その頃初めて
電車内の地べたに座る子を見かけました。
都内に行く電車では、そんなマナー違反は
まずありえないだろうと思います。
また学ランの丈を短くする短ランの高校生も
初めて見かけ、漫画の世界の話ではなく、本当にいるんだと感動した覚えがあります。
今ではあまり電車に乗る機会はありませんが、たまには電車でのんびりとお出かけするのも
悪くないなと思いました。